大嫌いで、大好きだった、祖母と暮らしたお話 1  

高齢化社会、超高齢化社会、と呼ばれるようになり、

日常生活の中で

世代を超えた人との人間関係に悩むひとは

たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

 

私は、今現在は一人暮らしですが、

両親がわりと早く亡くなり、

兄と祖父母と私の4人で生活する、という体験をしたことがありました。

 

今は祖父母も他界しました。

祖父は、大正15年生まれ。晩年は、いくつか病気をしながら、徐々に認知症、そして介護を必要とするようになり、入退院を繰り返しながらなくなりました。その体験からは、いろんなことを学びました。

祖母は、大正14年生まれ。傍からみたら、いわゆるPPKでしたが、

私との人間関係は、醜悪なものでした。彼女がなくなる4か月前、私は彼女に「クソババア、死んじまえ」と、怒鳴りつけたことがありました。ですから、見方によっては私が殺した、そう思った人も、中にはいることでしょう。

それだけではありません。彼女に対しては、ほとんど、シカト状態。言い分はあるものの、顔も見たくないし、気持ち悪いし、消えてほしい。あー早く死なないかな。そんなふうに考えていたように思います。最低です。

 

祖父母は、生前長いこと商売をしており、その店を兄と後継していましたので、顧客、知人も多く、私たちの私生活やあり方に、介入、干渉してくる方、好機の目で見てくる方もたくさんいましたから。。。

地方というのもあり、いろんな「目」を気にかけなければならず、当時の自分には、ありがたい気持ちよりも、「苦しみ」の方が、意識の大半を占めていました。

共に暮らした兄の大変さも理解してはいたものの、彼に対して、何一つできず、

兄にまで、ひどい態度をとる始末でした。

 

怒鳴りつけずにはいられないほど、彼女に対して抑えられない憎しみ恨みが湧いてきて、態度では彼女を攻め、シカトし、心の中では自分を責める、という時を過ごしていました。相談できる人すらいませんでしたので、理解をしてくれる人も皆無。巷で流行った、「ありがとう」を心の中でつぶやこうものなら、それを打ち消すような溢れんばかりの憎しみが湧いてくる。そんな毎日でした。

溢れんばかりの憎しみ、恨み、怒り。。。

 

お互い、理解しあいたい、そしていい人間関係を築きたい。

心が潤う、風通しのいい、関係性を築きたい。

 

そんな、人間としての自然な欲求が、心に思い浮かぶことがなくなるほど、どんどんくるっていきました。

 

 

物質が飽和状態になり、心の時代といわれる今現在。

心理学、精神世界、宗教、禅、スピリチュアル、量子力学。。いろんな概念に誰もが触れられるようになりました。沢山のメソッドを取り入れ、一見、心穏やかに、幸せそうに、ふるまっているものの。。。心の奥底では、幸せを感じられない、大切な人を幸せにできない。。。何かのメソッドでは解決なんでできそうにもない、ひどい憎しみ恨みの感情に襲われて、苦しくて仕方がない。大なり小なり、意識的にも無意識的にも苦しみに囚われている人は少なくないように思います。そしてその苦しみが当たり前なんだと、かつての私以上に、苦しみに無自覚になっていってしまっている人も…。

 

 

私自身も、

沢山の本を読み漁り、セミナーに生き、

メソッドの習慣化をしながら、

湧き上がる憎しみ、恨み、怒りを、

どうにかコントロールできるようになった、と、

思ったものの。。。

 

なにかが足りない。。。

そう、感じながら、

その「なにか」を探し続けていました。

 

 

 

出会った答えは、

「認識技術」でした。

 

この技術で、

自分も、相手も、誰をも責めることなく、

自分の中から湧き上がる憎しみを、

また、スケールを広げて、この世界までをも、

「整理」していくことができることを知りました。

もう、だれも責めなくていい。

苦しみも、苦しみたいときに、苦しめばいいのです。

祖母を大嫌いだった、憎しみいっぱいの自分も、

かつて祖母が好きだった幼いころの私も、

大嫌いな人も、大好きなひとも、

同じように抱きしめられる。

そんなことを可能にする認識技術。

 

 

世代を超えた人間関係で、何か悩みを抱えているかた。

私とお話ししませんか?