家族の不仲…その苦しみを紐解く「認識技術」 

家族関係の難しさに長い間悩んでいた私。その苦しみがどこからくるのか、問題の根本原因を紐解くことができる「認識技術」について、話して行こうと思う。

 

 

物心ついたころには、すでに、悩んでいた。

子守唄は、母の愚痴・不平不満か祖父の怒鳴り声。

地獄を感じながら、眠りについていた。

さらに母は、私が彼女のおなかの中にいた時に、妊娠中毒症になったことに対する恨み節を繰り返す。

「私が母を傷つけた。私が生まれてこなければ、彼女はこんなに苦しまずに済んだのだ。私が生まれてきたことで、姉と兄にまで、我慢をさせてしまっている。このことは将来、二度と繰り返してはいけない。だから、私は、子供は産まない。家族もつくらない。そして、みんなを苦しめた責任を一生かけて自分が取らなければならない。」

小学校に上がる前に、夜、ひとり布団の中で、

そんな決断をした。

 

家族の会話は、

いつも喧嘩腰。

どこにいても、緊張から逃れられない。

あの怒鳴り声が飛んでこないように、

いつもびくついていた。

子供の頃に記憶した経験は、日に日に体に染みついていく。

危険をいち早く察知するために、四六時中気が休まらない、

そんなパターンが、細胞レベルで繰り返される。

 

 

優しくしたいし、優しくされたい。

安らぎたい、ほっとしたい。

心が通うような、つながりを感じたい。

そんな自然な欲求は、自分の中で「不自然なもの」と判断するようになっていた。

人間としての自然な「幸せ」を、

「あってはならないもの」と思うようにすらなっていた。

心と体のほとんどが環境に呑まれていた。

 

幸せなんて、

夢なんて、

そんなものは私には関係ない。

私は、

家族の面倒を見て、尻をぬぐって、

人生を送るんだ。

それが人生、それが親孝行、それが恩返し。

自分の笑顔より、親の笑顔。親の親の笑顔。

それが、自分の幸せ…。

 

 

そうやって、

ため息をつきながら、だらだら生きていれば、

そのうち、人生も終わるし、それでいい。

私が家族の不幸の元凶ならば、

人生を待たずに死んだっていいんだ。

それでいいんだ、と、思っていた。

それが、唯一私ができる、

ひとの役に立つことだと信じていた。

 

 

 

 

幼いころの決断から、高校を卒業するまで、

その思いが、自分の人生の当たり前であり、テーマだった。

 

しかし、その矢先に、死んだのは、

私ではなく、父だった。

 

心筋梗塞で、突然、他界した。

 

不幸の元凶は、父をも殺すのか…。

そして、死は、その周りをも不幸にする…。

親孝行をするどころが、私という存在自体が親不孝なんじゃないか。

私は人を苦しめるために生まれてきたのか…そう、思うしかなかった。

親に経済的負担をかけた私に、

当然のごとく、母は、生きて責任を取ることを、要求し始めた。

私も、そうすることが、当然だと思った。

 

 

でも、人生は、その通りにはならなかった。

そうやって、

人生をあきらめて、

おりこうさんを演じる私の内側から、

ふつふつと湧いてきたのは、

母に対して、家族に対して、

求めていたものとは真逆の、

憎しみと恨みだった。

遅れに遅れた反抗期が、醜悪なエネルギーとなって

自分を包み込んでいった。

 

 

その湧き上がる憎しみと恨みのまま、

他人を責め、自分を責め、

また溢れでる醜悪なエネルギーを、

大切な人たちにぶつけてはまたさらに自分を責める…

大切にしたいと思えば思うほど、憎しみが湧き上がり、

あらゆる関係を破壊してゆく…

 

 

今度は、

母が他界した。

 

祖母には、

「ヨウコ(母)ではなく、あんた(私)が死ねばよかった」といわれた。

私も、そう思った。

 

祖父は認知症になり、

数年後に他界した。

 

世間の同情とは裏腹に、

内側から湧き上がる恨みと憎しみは、

どんどん勢いを増していった。

 

祖母と兄と私と3人の生活。

恨み辛みのぶつけ合い。

 

「クソババア、死んじまえ」

祖母に向かって吐き捨てた

その一言の4か月後、

祖母が他界した。

 

 

私は、

ここにいないほうがいい。

どこか遠くへいこう。

また、誰かを不幸にしてしまうだろうけれど、

終の棲家を探さなければ。。。

 

 

 

 

長い長い苦しみの中で、

ひとつだけ続けていることがあった。

「なぜ、『生きて』いるのか?」

その答え探しだ。

終の棲家を探し始めた数年後、

その答えと巡り合った。

 

『認識技術』

聞いたことのない、名前だった。

それは、私個人をも含めた人間の苦しみを、

シンプルに紐解いた。

私は、

今からはもう、誰も責めなくていいということを心の底から理解した。

そして、

人を傷つける自分とは、サヨナラできることを知った。

さらに、

心の底からの笑える体験を、

もたらしてくれた。

 

苦しみの外に出て、見えてきたことは、

苦しんでいるのは、私だけではなかったということ。

人は、他人を責め、環境を責め、そして何より自分を責める、

その思い方、考え方に無意識に支配され、苦しむのが当然のように

思い込んでしまう。

 

私は今、

私たちが「変われる」ことを、理解し、体験している。

「大切な人たちの心からの笑顔」が、単なる絵空事ではなくなりつつあるのだ。