親とうつ病と私 2

今日も書いてみる。

 

 

家族を大切に。

兄弟仲良く。

なんていうけれど、

自分の家族だけがよければいいのか?

どこからどこまでが家族なのか?

自分の身内は幸せで、ほかの家族が苦しんでいるときに、

心から幸せだと思えるんだろうか?

 

そんな疑問があった。

 

祖母に聞いたら、

「そうだよ、うちの家族さえよければそれでいい」

なんて言いやがった。

 

この人は、クソババアだと子供ながらに思った。

 

怒りを感じていた。

周りの大人たちの態度に。

理性ではわかる。

彼らは自分の知らない苦労を知っている。

生きることにしがみつくのはいたしかたない。

でも、怒りがおさまらない。。。

 

お前ら、それで生きてるっていうのか?

何を基準に自分たちを大人だと呼んでるんだ?

口を開けば、不平不満。

自分を守るためにモノやお金、人をかき集める。

いたしかたないこととは思っても、

理性と感情の折り合いが付けられず、

心が晴れることがほとんどなかった。

 

姉と兄が、けんかを始めた。

長期戦となった。

彼らが悪いわけではない。

心が苦しかったんだ。。。

大切な人たちがどんどんいがみ合っていく。

どう、手を差し伸べていいかわからない。

大人たちは、気がつこうとしない。

臭いものには蓋をするのが、当時の大人たちのやり方だ。

家族で一番人生経験が浅いだけに、

無力な私は、自他共に責められつづける。

差し伸べた手が、かえって相手を傷つけてしまう。

良心と自己防衛心が胸の中で戦っている。

 

もう、家の中に

自分の居場所は見当たらなくなっていった。

「安心」ということばは、私の世界からは消えていた。

 

一方、

通っていた小学校では

優等生のおりこうさんを演じようと頑張っていた。

 

頑張っていたというのは、

このころから、

自分の中に、たくさんの人格があり、

あらゆる人、状況に対して、

自分の反応が異なるため、

どれが自分なのか、わからず、

ひとつのキャラクターに固定させるのに、

チカラを必要としていのである。

 

誰もわかってくれない。

どこにも居場所がない。

心も腐り、外見も腐り、

とっつきにくい自分の原型が

小学校高学年の頃から

つくられていった。

 

 

人間関係がつくれない。

居場所がない。

家庭でも、学校でも。

 

見知らぬ土地に、

地図も持たずに落とされた。

 

心で先が見えないから、

視力もどんどん落ちていく。

ただでさえブスなのに、メガネまでかけなくちゃならない…

生理も始まり、心は複雑極まりない。

 

自分が、「安心」を求めていることに気が付けないほど

心の余裕を失っていた。

 

 

自分が見ている世界。

社会にかかわること、

家族なんて、

苦しみの原因でしかないのに、

わざわざそれを選択するなんて、ありえない。

死ぬしかないんじゃないかと思った。

生きたいのに、死にたい。

いつも心は矛盾で埋め尽くされていた。

 

 

 

苦しみの原因は

何なのか。

それさえわかれば、

苦しまなくていい、

そして、

本当は大切に思っている大切な人たちのことを

苦しめなくていい。

 

みんなの笑顔がみたい。

 

かすかな、かすかな良心を

どこかで裏切りたくない自分がいた。

その、消えそうな良心だけが

私を生かしていたように思う。

 

なんでこんなになってしまったのだろう、

なんて言葉が思いつかないほど、

苦しみそのものになっていった。

 

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もう20数年前のことだ。

 

あの時の

かすかな良心という種の芽吹きを

今、心で感じている。

 

 

ほかの人にくらべたら、自分はまだましたどか、

自分を大切にだとか、

病気だからしかたないとか、

反抗期だとか、更年期だとか、

ありがとうをいえばいいだとか、

前世がどうとか、先祖がどうとか、

あきらめないでとか、

この世は修行だとか、

悟りとかなんだとか、

いろいろあるけれど、

そうではない。それではないのだ。

 

 

みんなの心の笑顔がみたい。

人間なら、

偽りの笑顔が本能的にわかってしまう。

心が澄み切った、そんな笑顔がみたいんだ。

 

 

本当の苦しみの原因を知ったとき、

 

もう、誰も責めなくていい。

もう、自分のこともせめなくていい。

地球上のどんなパワースポットよりも、

神秘で美しい世界がある。

 

そこで、

みんなと踊りたいんだ。

全身全霊で。