親とうつ病と私

うつ病

 

と、診断されたことがあったわけではありませんが、

長い長い間、抑うつ状態でした。

 

今では、過去の自分を忘れるくらいに

異質な日々を過ごしています。

半年前の自分でさえ、懐かしく感じるくらいに。

人は、生きたまま、何度でも生まれ変わる。

それが、自然であり、

それが、本来の人間なんだと、

今ではわかりつつあります。

 

心の循環を最優先に生きる。

尊敬する友人の生き様。

 

私もそんな風に生きてみたい。

風のように、軽やかに、清々しく、柔らかく、ときに激しく。。。

 

 

心を整理し、

また、

今苦しんでいる人の可能性がわかるから、

その人たちが次の一歩を踏み出すその背中をそっとおしてあげたい、

 そんな気持ちから、

思いのままに、書き連ねることをしばらく続けてみたいと思います。

どんな文章が現れるか、自分でもわかりませんが

とにかく、続けてみます。

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一見、順風満帆な人生でした。

でも、

生きていることが、

苦しくて苦しくてしかたがありませんでした。

 

時の流れの中で、

いろんなことが重なり、

自分と他人を比較しては

苦しいことばかりが目について、疑問をいだき、

人間とは何なのか、生きるとはなんなのか、

知りたくなりました。

しかし、

本質的な答えを知ろうとすればするほど、

さらに、人生は悪化していくように見えました。

長い抑うつ期間、摂食障害になり、

食料を買い漁り、食べては吐いて、を繰り返す、そんな時期もありました。

 

 

 

義務教育期間は、いわゆる、「おりこうさん」でした。

そのように生きることが、「正しい」ことだと信じ込んでいました。

大切な親や家族に安心を与えるために、

そうすることが周りにとっても「よい」ことだと信じ込んでいました。

一方、

親のため、周りのためと思いながらも、

どこかで自分を守るためにやっていることも薄々感じてはいました。

そんな臆病な自分を、周りに見せることが嫌で、

「正しさ」や「常識」にこだわっていました。

 

一人では生活していくことができない子供の私にとって、

無意識的に親は絶対存在でした。

彼らは、優しくもあり、一方で恐ろしくもありました。

逆らおうものなら、命が脅かされる。

親に対して、

心のどこかでお互い、いとおしく思っているはずなのに、

それを何かが邪魔している。愛ではなく、力関係で結ばれている、

そんな自覚がありました。

親に安心を求めながらも得られない。

それは親のせいではないと、どこかで分かっていながらも、

心の不安定さ、不安、不満、寂しさを埋めてくれるのは

家族、親しかないと、勝手に信じ込んでいた自分は、

苦しさの原因を親や家族のせいにし続けていました。

 

 

3人きょうだいの末っ子として生まれた私は、

親の恐ろしさから逃れるための狡賢さを

姉と兄をみながら、

いつのまにか身に付けていました。

厳しい親に叱られ、怒鳴られる二人を見て、

怯えていました。

 

その狡猾さはどんどん成長し、

「自分より悪いやつはこの世にいないだろうな」と思うくらい、

自身の中で醜悪なエネルギーとして存在するようになりましたが、

親に対しては、おりこうさんな自分を演じ続けていました。

わかる人にはその醜悪さは見透かされていることを知りながらも、

素知らぬ顔して、その役になりきろうとしていました。

 

もう他界しましたが、

心の、わりと深いところで、

母親のことが大嫌いでした。 

 

大嫌いなのに、一生懸命、彼女のご機嫌取りをずっと続けていました。

大好きなのに、大嫌いでした。

 

摂食障害だったころ、

一度病院にいって、

「これは医者に会ったところで解決するもんじゃないな」と判断した私は、

本とネットで、「過食症」「摂食障害」について一人調べまくりました。

その中で、家族、親、特に母親との関係性が問題なんだと書かれているのを頻繁に目にしました。

すっかり鵜呑みにして、そこから母親との関係性を築きなおそうと四苦八苦しましたが、結果、関係性は、どんどん悪化していきました。私の中で、母を責める気持ちもどんどん強くなっていきました。彼女への態度、言葉も、どんどん攻撃的になっていきました。当時、母は自分の夫を亡くし、相当なストレスにさらされていたにも関わらず、私は彼女を攻め続けていました。彼女を責めながらも、彼女を責めている自分をも責めていました。ずっとずっと、そんな思考を繰り返していました。

出口のない、ゴミ溜めのトンネルの中にいるような毎日でした。

ゴミの山にうずもれて、苦しくて、もがいてももがいても出られない、

そんな夢で目が覚める毎日が続いていました。

 

 

濁流の渦の中にどんどん飲まれていく自分と

なんとかそこから抜け出そうとする自分、

周りを責め続ける自分、

そんな自分を周りにはひた隠し、「まとも」に生きているふりをする自分、

生きるとは何なのか問い続ける自分、

数えきれない自分が、ひとつのからだの中で渦巻いて、

どれが自分なのかもわからず、

表現しきれない苦しみと日々格闘していました。

 

 

もがき苦しむなかで、

食べて吐く行動に至らせる衝動は病んでいきました。

人間について、心について、

精神世界、宗教、スピリチュアル、人体、

人間とは何のか?何のためにいきるのか?

現実世界の創造と破壊、出逢いと別れ、

問いと答えが繰り返されるなかで、

少しずつ、少しずつ、苦しみから

解かれていきました。

 

 

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