おわり と はじまり

18歳の春、父は他界した。

 

 大切な人を失った悲しみ以上に、

忘れられない出来事があった。

 

 

法事の席で私は、

父の仕事仲間2人と

父の思い出話をしていた。

それぞれの思い出自慢。

涙を浮かべながらも、

皆、嬉しそうに話していた。

 

 しかし…

話に耳を傾けていると…

なんかおかしい…

それぞれが、

別の人の話をしているみたいだ…

全てが噛み合わない…

 

 

 

「あれ…?」

 

 

「私が父親だと思っていた人は…一体誰だ?」

 

 

 

悲しみはどこかへ行き、

私は、

胸の奥から溢れる

新鮮で、不思議な感覚に包まれていた。

 

 

 

ふと思い出したあの時の感覚。

 

そして気がついた。

 

 

人は、

だれもが自分の世界を生きている。

だれもが世界の主人公だ。

そしてだれかの人生の脇役。

 

 みんなが違う世界に生きている…。

 

だれもが世界の主人公。

自分の師は自分であり、

自分の王は自分であり、

自分の教祖は自分だ。

 

人って、

ほんとはこんなに孤独なのか…

 

自分の気づきと

常識との矛盾…

 

 

 

この時の気づきは

本当のことを知るまでの

入り口に過ぎなかったけれど、

この時から、

答えを探す冒険が

少しずつ始まっていたんだな…。

ゲームチェンジ

さとりは

人生のゴールだと、

勝手に思い込んでいた

 

そもそも

さとりが何なのかも理解せずに、

そんなことを思い込んでいた

 

どこで拾った判断基準なのかは

記憶にない…

 

 

 

誰もが悟れる時代になった。

真理は、シンプルだ。

信じるものではなく、

理解するもの。

 

 

さとりの時代から

創造の時代へ

 

 

 

ゲームチェンジ!

人生ゲーム

子供の頃、

友達の家で出会ったボードゲーム

 

一向に勝てる気配もなく

たかがゲームなのに

やる度に恐怖が湧いて来て…

 

このゲームが嫌いになった。

これだけじゃなく、

ありとあらゆるゲームが嫌いになった。

 

「ゲーム」と聞くだけで嫌悪感が沸く。

いつのまにか、そんなセッティングのからだになっていた。

 

 

 

 

わりと最近、自分は、すでにゲームの中にいることを知った。

ゲーム嫌いの自分には、

かなりの衝撃だった。

しかもそのゲームを仕掛けたのは、

「私自身」らしい…

「ゲーム嫌い」のセッティングも、

自ら仕掛けたワナだった…

 

自ら仕掛けたゲームのはずだが、

気が付けば、手元には攻略本が山ほどある…。

 

クリアするのが、ホント、難しい。

でも、ホント、楽しい。

 

本当に話したかったこと

今日から

ブログを始めます。


肚の底に湧いてくる この 思い を

言葉で 綴っていきます。