記憶のはじまり

あの瞬間

 

私は自ら

そのストーリーのはじまりを選択し

決断をした

 

 

そのことを思い出す、

事件が起こった

 

 

 

誰かが押し付けたのではない

自らが

今の現実を選択し

創り出したのだ

 

 

 

今までのすべてが

その一点から

自分で「始めた」自作自演だ

 

 

終わらせるのも自分

 

 

愛と勇気を持って

 

 

万物よ、純粋たれ

純粋であること

 

なんの迷いもなく、

すべてを愛し、手を差し伸べること。

 

尊いその在り方を、

人生のかなり早い段階から、

恥ずかしい、と思うようになった。

 

 

 

純粋であることは、恥ずかしいこと。

純粋であることは、弱いこと。

純粋でいることは、愚かなこと。

強くなるためには、

純粋でいてはいけないと…。

 

 

難しい言葉を並べたり、

悩んだり、考えこんだりすることが、

成長であり、大人であると…

 

 

しかし振り返れば、

わたしをこれまで生かしてきたのは、

胸の中の1%の純粋さ、それだけだと思う。

それだけが頼りで、それだけしかなかった。

 

純粋さを想起すれば、

なぜか涙が浮かんでくる。

 

全身全霊、

それそのものになるには、

今の自分には勇気がいるけれど、

かけがえのないその一点を、心の底から敬いたい。

 

バカにされたら、微笑み返せばいい。

裏切られたら、また、裏をつければいい。

 

 

 

またふりだしから、

一歩歩みだそう。

純粋さ、そのものとして。

純粋さで、つながりたい。

 

 

万物よ、純粋たれ!

親とうつ病と私 5

中学から高校へ。

 

高校受験。

初めての受験。

 

地方の進学校。

都会のような激しい競争はない。

 

不合格なんて、考えもしなかった。

テスト受ければ、それでいい。

「おりこうさん」のつとめ。

それくらいしか考えていなかったと思う。

 

合格発表の日。

不合格の子が泣いていた。

 

涙の理由が、わからなかった。

 

「おりこうさん」ではない子が、泣いていた。

 

涙の理由が、どうしても、わからなかった。

 

どうしても、わかりたくなかった。

 

日ごろ、人の失敗を笑うやつらが、

 

自分たちのの不合格に涙する理由など、わかる必要なんてないと思った。

 

周りの人間を、無意識に階級分けしている自分に直面した。

 

ある階級を境に、私は、関心を持っていないことに気が付いた。

 

そんな自分にも、ショックだった。

 

わかってはいたけれど、ショックだった。

 

「いやな奴」が、自分の中にいた。

 

 

理性と感情のバランスがどんどん崩れていく。

 

なにか、

自分は「間」違っている…

薄々と感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

今、自分がどんな節目にいるのかも、

わかっていなかった。

 

あの子たちの涙の理由がわからなかった。

あの子たちの、私をにらみつける視線が「正解」のような気がしていた。

 

幸せになってはいけないような気がした。

人の痛みもわからない、

そんな自分が、幸せになってはいけないような気がしていた。

うまくいくことは、罪である。

そんな気がしていた。

 

私をにらみつける視線。

「お前のせいだ」

 

信じていた正しさにしがみつこうとした。

「あいつらが不合格なのは、当然だ。」

 

でも、心底そうは思えなかった。

視野の狭い自分が、情けなかった。

 

合格したんだ、それでいいじゃないか。

でも、喜べなかった。

 

苦しみの罠にどんどんはまっていく。

 

 

心の置き所など、みつからない。

 

定まらない心のまま、

自分がどこにいるのかもわからないまま、

 

なんとなく、なんとなく、

高校生活が始まっていく。

 

 

学ばなければいけないことはほかにある。

 

そう思いながらも、

世間が敷いたレールから、

外れる勇気も、

その先の希望も

みつけることはできなかった。

 

自分の心にうそをつき、

湧き上がる葛藤にふたをして、

あきらめて、

楽しいフリしかできない、

 

そんなパターンが

日に日に習慣になっていく。

 

 

地図も持たないまま生きるその苦しさが、

日に日に深くなっていく。

 

 

 

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世界を見る、判断基準。

いつ、どこで拾って、

いつ、どこで身に着けたのか、

わからないまま、

それが自分だと思い込んで。。。

 

感じていた「間」違い。

まさか答えがあるなんて、

まさか答えに出会えるなんて

当時の私は、考えもしなかった。

 

笑っちゃいけないけど、

今なら、大笑い(笑)

 

 

 

 

笑うことが大好き。

心の底から笑いたい。

みんなの心の底からの笑顔が見たい。

 

 

本当のことを知りたい。

 

その「心」に出会いたい。

 

親とうつ病と私 4

このタイトルで記事を書き続けていたら、

いつも読んでいるブログでも

親について書いていたのでアップします。

 

https://www.starheart.jp/blog/archives/23036

 

親との関係に

縛られていると感じている方がいたら

お伝えしたい。

 

両親が他界したからわかったことですが、

親という存在がいるから縛られているのではなく、自分自身の親に対しての在り方の意識に、縛りつけられているだけなんです。

そして、その縛る意識さえ、

自分で解けますから、

解けたら、次が見えてきますから。

 

苦しみが人生なわけではなく、

人生が「ある」わけでもないのです。

 

 

親とうつ病と私 3

今、苦しんでいる人たちが、

もう自分や他人を責めなくていいんだと、

もう不必要な苦しみに時間を割く必要がないんだと、

気が付けるように、

本当に考えるべきことを考えることができるように、

共に、よりよく変化していけるように、

 

 

私もまだまだ未熟だから

ともにより良い未来を作り上げていけるように

だれもが、

心の潤いを実感して生きられるように…

 

人間が、

ほんとうに人間らしく生きられるように…

 

深刻にならずに、

真剣に

 

自分に何ができるのか、

考えながら、

生きていきます。

 

 

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中学に入学して…

まだ優等生のクセは抜けなかった。

自分がそう意図していたわけではない。

周りが、そう、規定してしまう。

心の中には、変化したい自分がいるのに…

窮屈だったな。

あの頃は、一体、何が楽しくて生きていたんだろうか?

何も楽しくない。

「規則」から外れることを、ただただビビッていたように思う。

 

中学時代を振り返り、

今になって、自分は学校が嫌いだったんだなと腑に落ちた。

周りの大人たちが、臭いものに蓋をするかのごとく、

自分の中の「いやだ」という気持ちに、蓋をし続けていた。

一人一クラス必ずいた、学校に来ない人。

その人のほうが、よっぽどまともだったように思える。

 

 

周囲からの不当な決めつけと期待。

成績の競争、いじめ、授業妨害…

苦しみを乗り越えて。。。

とかじゃなくてさ。。。

 

 

人間とは何なのか、

その大前提がかわれば、

学校は、

多様性をもって、進化していけるだろうな…

 

 

 

 

 

 

親とうつ病と私 2

今日も書いてみる。

 

 

家族を大切に。

兄弟仲良く。

なんていうけれど、

自分の家族だけがよければいいのか?

どこからどこまでが家族なのか?

自分の身内は幸せで、ほかの家族が苦しんでいるときに、

心から幸せだと思えるんだろうか?

 

そんな疑問があった。

 

祖母に聞いたら、

「そうだよ、うちの家族さえよければそれでいい」

なんて言いやがった。

 

この人は、クソババアだと子供ながらに思った。

 

怒りを感じていた。

周りの大人たちの態度に。

理性ではわかる。

彼らは自分の知らない苦労を知っている。

生きることにしがみつくのはいたしかたない。

でも、怒りがおさまらない。。。

 

お前ら、それで生きてるっていうのか?

何を基準に自分たちを大人だと呼んでるんだ?

口を開けば、不平不満。

自分を守るためにモノやお金、人をかき集める。

いたしかたないこととは思っても、

理性と感情の折り合いが付けられず、

心が晴れることがほとんどなかった。

 

姉と兄が、けんかを始めた。

長期戦となった。

彼らが悪いわけではない。

心が苦しかったんだ。。。

大切な人たちがどんどんいがみ合っていく。

どう、手を差し伸べていいかわからない。

大人たちは、気がつこうとしない。

臭いものには蓋をするのが、当時の大人たちのやり方だ。

家族で一番人生経験が浅いだけに、

無力な私は、自他共に責められつづける。

差し伸べた手が、かえって相手を傷つけてしまう。

良心と自己防衛心が胸の中で戦っている。

 

もう、家の中に

自分の居場所は見当たらなくなっていった。

「安心」ということばは、私の世界からは消えていた。

 

一方、

通っていた小学校では

優等生のおりこうさんを演じようと頑張っていた。

 

頑張っていたというのは、

このころから、

自分の中に、たくさんの人格があり、

あらゆる人、状況に対して、

自分の反応が異なるため、

どれが自分なのか、わからず、

ひとつのキャラクターに固定させるのに、

チカラを必要としていのである。

 

誰もわかってくれない。

どこにも居場所がない。

心も腐り、外見も腐り、

とっつきにくい自分の原型が

小学校高学年の頃から

つくられていった。

 

 

人間関係がつくれない。

居場所がない。

家庭でも、学校でも。

 

見知らぬ土地に、

地図も持たずに落とされた。

 

心で先が見えないから、

視力もどんどん落ちていく。

ただでさえブスなのに、メガネまでかけなくちゃならない…

生理も始まり、心は複雑極まりない。

 

自分が、「安心」を求めていることに気が付けないほど

心の余裕を失っていた。

 

 

自分が見ている世界。

社会にかかわること、

家族なんて、

苦しみの原因でしかないのに、

わざわざそれを選択するなんて、ありえない。

死ぬしかないんじゃないかと思った。

生きたいのに、死にたい。

いつも心は矛盾で埋め尽くされていた。

 

 

 

苦しみの原因は

何なのか。

それさえわかれば、

苦しまなくていい、

そして、

本当は大切に思っている大切な人たちのことを

苦しめなくていい。

 

みんなの笑顔がみたい。

 

かすかな、かすかな良心を

どこかで裏切りたくない自分がいた。

その、消えそうな良心だけが

私を生かしていたように思う。

 

なんでこんなになってしまったのだろう、

なんて言葉が思いつかないほど、

苦しみそのものになっていった。

 

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もう20数年前のことだ。

 

あの時の

かすかな良心という種の芽吹きを

今、心で感じている。

 

 

ほかの人にくらべたら、自分はまだましたどか、

自分を大切にだとか、

病気だからしかたないとか、

反抗期だとか、更年期だとか、

ありがとうをいえばいいだとか、

前世がどうとか、先祖がどうとか、

あきらめないでとか、

この世は修行だとか、

悟りとかなんだとか、

いろいろあるけれど、

そうではない。それではないのだ。

 

 

みんなの心の笑顔がみたい。

人間なら、

偽りの笑顔が本能的にわかってしまう。

心が澄み切った、そんな笑顔がみたいんだ。

 

 

本当の苦しみの原因を知ったとき、

 

もう、誰も責めなくていい。

もう、自分のこともせめなくていい。

地球上のどんなパワースポットよりも、

神秘で美しい世界がある。

 

そこで、

みんなと踊りたいんだ。

全身全霊で。

親とうつ病と私

うつ病

 

と、診断されたことがあったわけではありませんが、

長い長い間、抑うつ状態でした。

 

今では、過去の自分を忘れるくらいに

異質な日々を過ごしています。

半年前の自分でさえ、懐かしく感じるくらいに。

人は、生きたまま、何度でも生まれ変わる。

それが、自然であり、

それが、本来の人間なんだと、

今ではわかりつつあります。

 

心の循環を最優先に生きる。

尊敬する友人の生き様。

 

私もそんな風に生きてみたい。

風のように、軽やかに、清々しく、柔らかく、ときに激しく。。。

 

 

心を整理し、

また、

今苦しんでいる人の可能性がわかるから、

その人たちが次の一歩を踏み出すその背中をそっとおしてあげたい、

 そんな気持ちから、

思いのままに、書き連ねることをしばらく続けてみたいと思います。

どんな文章が現れるか、自分でもわかりませんが

とにかく、続けてみます。

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一見、順風満帆な人生でした。

でも、

生きていることが、

苦しくて苦しくてしかたがありませんでした。

 

時の流れの中で、

いろんなことが重なり、

自分と他人を比較しては

苦しいことばかりが目について、疑問をいだき、

人間とは何なのか、生きるとはなんなのか、

知りたくなりました。

しかし、

本質的な答えを知ろうとすればするほど、

さらに、人生は悪化していくように見えました。

長い抑うつ期間、摂食障害になり、

食料を買い漁り、食べては吐いて、を繰り返す、そんな時期もありました。

 

 

 

義務教育期間は、いわゆる、「おりこうさん」でした。

そのように生きることが、「正しい」ことだと信じ込んでいました。

大切な親や家族に安心を与えるために、

そうすることが周りにとっても「よい」ことだと信じ込んでいました。

一方、

親のため、周りのためと思いながらも、

どこかで自分を守るためにやっていることも薄々感じてはいました。

そんな臆病な自分を、周りに見せることが嫌で、

「正しさ」や「常識」にこだわっていました。

 

一人では生活していくことができない子供の私にとって、

無意識的に親は絶対存在でした。

彼らは、優しくもあり、一方で恐ろしくもありました。

逆らおうものなら、命が脅かされる。

親に対して、

心のどこかでお互い、いとおしく思っているはずなのに、

それを何かが邪魔している。愛ではなく、力関係で結ばれている、

そんな自覚がありました。

親に安心を求めながらも得られない。

それは親のせいではないと、どこかで分かっていながらも、

心の不安定さ、不安、不満、寂しさを埋めてくれるのは

家族、親しかないと、勝手に信じ込んでいた自分は、

苦しさの原因を親や家族のせいにし続けていました。

 

 

3人きょうだいの末っ子として生まれた私は、

親の恐ろしさから逃れるための狡賢さを

姉と兄をみながら、

いつのまにか身に付けていました。

厳しい親に叱られ、怒鳴られる二人を見て、

怯えていました。

 

その狡猾さはどんどん成長し、

「自分より悪いやつはこの世にいないだろうな」と思うくらい、

自身の中で醜悪なエネルギーとして存在するようになりましたが、

親に対しては、おりこうさんな自分を演じ続けていました。

わかる人にはその醜悪さは見透かされていることを知りながらも、

素知らぬ顔して、その役になりきろうとしていました。

 

もう他界しましたが、

心の、わりと深いところで、

母親のことが大嫌いでした。 

 

大嫌いなのに、一生懸命、彼女のご機嫌取りをずっと続けていました。

大好きなのに、大嫌いでした。

 

摂食障害だったころ、

一度病院にいって、

「これは医者に会ったところで解決するもんじゃないな」と判断した私は、

本とネットで、「過食症」「摂食障害」について一人調べまくりました。

その中で、家族、親、特に母親との関係性が問題なんだと書かれているのを頻繁に目にしました。

すっかり鵜呑みにして、そこから母親との関係性を築きなおそうと四苦八苦しましたが、結果、関係性は、どんどん悪化していきました。私の中で、母を責める気持ちもどんどん強くなっていきました。彼女への態度、言葉も、どんどん攻撃的になっていきました。当時、母は自分の夫を亡くし、相当なストレスにさらされていたにも関わらず、私は彼女を攻め続けていました。彼女を責めながらも、彼女を責めている自分をも責めていました。ずっとずっと、そんな思考を繰り返していました。

出口のない、ゴミ溜めのトンネルの中にいるような毎日でした。

ゴミの山にうずもれて、苦しくて、もがいてももがいても出られない、

そんな夢で目が覚める毎日が続いていました。

 

 

濁流の渦の中にどんどん飲まれていく自分と

なんとかそこから抜け出そうとする自分、

周りを責め続ける自分、

そんな自分を周りにはひた隠し、「まとも」に生きているふりをする自分、

生きるとは何なのか問い続ける自分、

数えきれない自分が、ひとつのからだの中で渦巻いて、

どれが自分なのかもわからず、

表現しきれない苦しみと日々格闘していました。

 

 

もがき苦しむなかで、

食べて吐く行動に至らせる衝動は病んでいきました。

人間について、心について、

精神世界、宗教、スピリチュアル、人体、

人間とは何のか?何のためにいきるのか?

現実世界の創造と破壊、出逢いと別れ、

問いと答えが繰り返されるなかで、

少しずつ、少しずつ、苦しみから

解かれていきました。

 

 

…………………………………